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   ~音色の泉~
      
あなたが選ぶ色、私が選ぶ色
ーピアノの音色ー

ー目次ー
-Lektion1-    ートバイアス・マテイ『ピアノ演奏の根本原理』ー
-Lektion2-    ー音が出る場所ー
-Lektion3-    ー基本の考え方ー
-Lektion4-    ー手首ー意外と厄介なこの問題ー
-Lektion5-    -ツェルニ―の音楽言語ー
-Lektion6-    -アーティキレイションを見てみるー
-Lektion7-    -Lektion6における手の形ー
-Lektion8-      ーハイドンから見た古典派ー




ーLektion8ー  ハイドンから見た古典派

私は個人的にハイドンが大好きなので、ハイドンのピアノソナタから見た古典派の大きな特徴の1つを見ていきたいと思う。先に書いたツェルニーの音楽言語と少し重なってしまうところがあるが、ご容赦願いたい。


ーハイドン初期の作品とその後の作品の主要部分の終わり方ー


ハイドンの初期のソナタを皆さんは聞いたことがあるだろうか?今回私は古典派というものがどこから生まれたのか気になったので、バロック時代から古典派が栄えた時代に生きていたフランツ・ヨーゼフ・ハイドン(以下ハイドン)の作品を少しだけ見てみることにした。

ハイドンの初期の作品(初期の作品の範囲は、ウィーン原典版ハイドン・ピアノソナタ全集1巻新装版としています)の大きな主要部分が終わる場所は大抵以下の様になっている。


  2


  4  

   6


まず最初に左上三枚は、同じ曲の1楽章、2楽章、3楽章である。
右下三枚は、同じ曲の1楽章と2楽章である(最後の一枚が2楽章)

初期の作品の多くは、こういう形で終わっている。同じ和音の連打、オクターブでの下降、あるいはこれらに類似する形である。
この中でいわゆる緊張ー緩和のラインであるのは、2と4と6であるが、実際弾いてみると、その効果はいわゆる古典派最盛期に比べると薄いものである。


2巻に収録されている、1765年から1774年の間に書かれたとされている作品になってようやく、私たちが苦労する2音がスラーでつながれた形を見ることができる。









Hob.XVI:19は自筆譜があり、そこには1767年と記されている。
Hob.XVI:20は自筆譜断片には1771年と記されている。(45、46の数字は小節)


この書き方をハイドンが最初に考え出したかどうかは別として、これは新しいニュアンスが生まれている事を明らかに示している。初期の作品とは異なり、緊張ー緩和の効果が高められているからだ。
文献にも書かれていることだが、初期の作品はチェンバロなどの楽器で弾くように作曲されていると思われる。私なりに考えたことは、チェンバロは強弱を自分自身でコントロールするという事は出来ない。これは強弱が出せないというわけではなく、強調するために他の音を長く弾いたり、トリルなどを付けたりする。
しかしながら、フォルテピアノは自分で強弱をコントロールできる。最初の音の響きを聞いて、次の音の強弱をコントロールできる。それゆえに、新しい音響効果、あるいは、今までの緊張ー緩和の効果を高めた2音のスラーが生まれたのではないだろうか。そしてまた、この記譜をすることで、見た目にも音がつながる事を示し、余計な装飾を付けることも無くなっていったかもしれない。

Hob.XVI:19ではまだ主要部分の終わりではなく、フレーズの終わりで用いられているが、20の方では主要部分の終わりに初めて用いられている。これ以降、この形での終わりはよく見られる形になっていくし、また、短いフレーズの中にも多くの2音のスラーを発見することができるだろう。
この弾き方は、いたって単純だ、最初に弾いた音より、後の音の方が弱い、あるいは軽い。ただ、音の響きをよく聞いて、それがほんとにその曲に、そのフレーズに、最適かどうかはあなたの耳の判断でしかない。これが中々難しいのはまあ、周知の事実だろう。。。