ー目次ー
ー遠い昔からー
ー２人からー
ーパブロ・カザルスというチェロ奏者ー
ー馬頭琴演奏会から！－
ーCDを聞くという事についてー
ー音楽は進歩するのか？という疑問についてー
ー『ラ』は果たして『ラ』なのかー
ー留学・ウィーンに来てからー
ーウィーンの他の学校・大学のシステムー
ー大学の授業ー
ーグーテンベルクが音楽家に与えた影響・日本語から見た音楽ー
ーグーテンベルクが音楽家に与えた影響・印刷文化ー
ーリズムという言葉ー
ー解釈についてー
ー先生と言う存在ー
ーグーテンベルクが音楽家に与えた影響ー －日本語から見た音楽ー
「メディアはメッセージ」そんなフレーズで知られるマーシャル・マクルーハン。彼の著書『グーテンベルクの銀河系』は、活版印刷に端を発する文化が私たちに与えた影響を、色々な観点から指摘しています。音楽とは余り関係ないだろうと思っていたのですが、この本を読んでみたところ、活版印刷が私たちに与えた影響はとても大きいことが分かり、グーテンベルクが私たち音楽家に与えた影響を考えてみる事にしました。このページでは、印刷の影響に入る前に、文字自体の考察と、そこから見た日本人特有とも思える問題を考えてみました。お付き合いいただければ幸いです。
ー表音文字・アルファベットー
表音文字というのは、読んで字のごとく音を表す文字の事です。英語のアルファベットでは「Ａ」や「Ｂ」といった文字が26個あり、文字が示す音の響きは違うものの、その文字自体に意味を持つものではありません。26個の組み合わせから、様々な音の組み合わせを作り、そうしてできるのが単語、例えば、「tree」はこの組み合わせで木という意味になります。
それに対して日本語の漢字は表意文字という分類になるそうです。
これは、文字自体に元々何らかの意味がある文字の事です。例えば、先ほど出た「木」は、木の形自体から変化したというのは、何となく想像できるのではないでしょうか？この特徴ゆえに、漢字はアルファベットと比べ、はるかに多くの文字を持っています。
ウォルター・Ｊ・オング氏はアルファベットを次のように指摘しています。
『他のどのスクリプト（文字の表記）にもまして、音としての音を直接ひろいあげ音を直接、空間的な等価物に還元している』
アルファベット文化を持つヨーロッパが記譜法の発明に至ったのは偶然ではないのかもしれません。というのは、音を直接何かに置き換える発想が文字レベルであったからです。実際記譜法の発明が他の文化にないのはその証拠と言えるのではないでしょうか？
ー音の過大評価ー
音楽において、構成要素の最小単位である１つの音（音符）は、いわば表音文字と言えるのではないでしょうか。音符の表記（♪）は、それ自体が表意文字のように何か意味を持っていたものとは思えません。１つの音符は、表記自体からは何の音が鳴っているかを表しているに過ぎないのです。つまりは、五線譜の下から２番目の間にそれがあれば「ラ」で、その上の間にあれば「ド」となるわけです。
音符は、アルファベットが組み合わさって単語を作るように、他の音符と組み合わさって意味を持つものではないでしょうか。例えば、音と音とが組み合わさって和声やメロディーとなったり、また、他の要素であるリズムや調性と組み合わさったりして、初めて意味を持つものではないでしょうか。しかしながら、表意文字文化圏に住んでいる私たちは、１つの音符に対して１つの意味を見出そうとする傾向が強く、組み合わさった音の響きを聞けていないように思います。例を挙げてみましょう。
和音でラドミと弾く時、a-mollの響きと言うよりは、極端な言い方をすれば、「ラという音」「ドという音」「ミという音」がきちんと鳴っているという様に表現する事。
早いパッセージの１つ１つの音を正確にはっきりと出し過ぎる事で、全体を見れば、それは何らかの和声の響きが鳴っているはずなのに、一つ一つの音が鳴っているようにしか聞こえない事。
あるメロディーを表現する際に、構成されている個々の音はしっかりと弾けているけれど、そのメロディーが楽しいのか、悲しいのか、そう表現するのが苦手な事。
少し極端ではありますが、こういう事は良くある事のような気がします。
また、音自体の問題をとっても、音楽作品を構成する全ての音の一つ一つが感動的で完璧であれば、他のものは要らないという事はあり得ません。なぜなら、きれいなだけの音や大きいだけの音、それだけでは音楽表現をすることはできないからです。
『前後関係抜きの、音あるいは一連の音、いわば内容とは切り離された音は、ある者には美しくない、とか不愉快な音、と感じられる事が起こり得るのです。（弱音器をつけたトランペット、低音域のでのしゃがれた音、中略）しかし、これらの音を、器楽用に編成できるすぐれた音楽家が明確な目的を持って使用するならば、これらは、コンテキストのなかで、いわゆる必要な音になり、最も表現に富んだ適切な音となるでしょう。』
偉大なピアニスト、リヒテルやギレリスを育てたネイガウス氏はこのように語っています。
ー最後にー
私の恩師であるデイビット・ルッツ先生は、どうして同じアジア人である韓国人には音楽があって、日本人には音楽が無い人が多いのだろうかと不思議がっていました。その時は、失礼ながらも韓国人特有の気質のおかげではないのかなと思っていました。しかし最近ある人とお話をしていたら、韓国語のハングル文字は韓国版アルファベットと言われるもので、表音文字である事がわかりました。
表意文字文化圏に住む私たちは１つの音を大切にする事には良い意味で慣れています。それに加えて、組み合わさったものの素晴らしさを感じられるようになったら、また違った一面が見えてくるかもしれません。
次は、印刷が音楽家に与えた影響を考察していきたいと思います。次へ